INICIAR SESIÓN青い封筒のことを、ノエルへいつ伝えるか。
その話し合いは、朝食のスープが少し冷めてから始まった。 正確には、話し合いというより、ノエルが気づいた。 食卓には黄色い花がある。 昨日より新しい花だ。 白い花は証拠保管庫。 青いリボンは布兎の耳。 偽物の青は布袋。 アルベルトの罪はアルベルトが持って帰るもの。 場所が決まったものたちは、少しずつノエルの世界の中で落ち着き始めていた。 けれど大人の顔は、まだ落ち着いていなかった。 それをノエルは見逃さない。「まだ何かありますか」 スプーンを置いて、そう聞いた。 セレスティアは返事の前に、リュシアンを見る。 リュシアンは短く頷いた。 逃げない。青い封筒のことを、ノエルへいつ伝えるか。 その話し合いは、朝食のスープが少し冷めてから始まった。 正確には、話し合いというより、ノエルが気づいた。 食卓には黄色い花がある。 昨日より新しい花だ。 白い花は証拠保管庫。 青いリボンは布兎の耳。 偽物の青は布袋。 アルベルトの罪はアルベルトが持って帰るもの。 場所が決まったものたちは、少しずつノエルの世界の中で落ち着き始めていた。 けれど大人の顔は、まだ落ち着いていなかった。 それをノエルは見逃さない。「まだ何かありますか」 スプーンを置いて、そう聞いた。 セレスティアは返事の前に、リュシアンを見る。 リュシアンは短く頷いた。 逃げない。 今朝の合図はそれだった。「あります」 セレスティアは答えた。 ノエルは布兎の耳の青いリボンを指で押さえる。「お父さまですか」「少し関係があります。でも、お父様だけの話ではありません」「おばあさま?」「違います」「お母さま?」 セレスティアは頷いた。「お母様が隠したかもしれないものが、見つかるかもしれません」 ノエルは黙った。 それから、ゆっくり聞いた。「色は?」「青です」 その瞬間、ノエルの手に力が入った。 布兎の耳が少し曲がる。「青は、ここです」「ええ。本物の青いリボンはここにあります」「偽物の青も戻りました」
面会の日は、雨ではなかった。 それだけで、セレスティアは少しだけ安堵した。 もし雨だったら、ノエルは馬車の音を気にしたかもしれない。 窓を打つ雨粒の数を数えたかもしれない。 石畳に跳ねる水を見て、母の最後の夜を思い出したかもしれない。 晴れていれば大丈夫、というわけではない。 晴れていても人は傷つく。 それでも、雨ではない。 今日はそれだけでいい。 朝食の席で、ノエルはいつもより丁寧にパンを見ていた。 硬いパン。 食べるパン。 犬のパンは足元にいる。 黄色い花は、食卓の中央にある。 昨日の花より少し小さい。 ノエルが選んだ花だ。「今日は、お父さまに会う日です」 ノエルは自分でそう言った。 セレスティアは頷いた。「ええ」「わたしが決めました」「そうです」「でも、少しだけです」「短時間です」「エリスさんがいます」「はい」「セレスティアさまと伯父さまは、隣の部屋です」「扉は半分開けます」「パンは?」 犬のパンが顔を上げた。 尻尾を一度振る。「パンは屋敷で待ちます」 セレスティアが答えると、ノエルは真剣にパンを見た。「パン、今日は来ません」 パンは尻尾を振る。「分かっていません」 リュシアンが低く言った。「だが、言うことは大事だ」「はい」 ノエルは
伯爵夫人が監査院へ送られてから、屋敷の中は少し静かになった。 嵐が去ったあとの静けさではない。 まだ遠くで雷が鳴っていることを、皆が知っている静けさだった。 白い花は証拠保管庫。 白に近い手紙も証拠保管庫。 青いリボンは布兎の耳。 偽物の青は布袋。 黄色い花は食卓。 それぞれの場所が決まった。 それだけで、ノエルは少し落ち着いたように見えた。 ただ、落ち着いたからといって元気になったわけではない。 朝食のスープを飲む手は遅い。 硬いパンは、皿の横に置いたまま。 犬のパンは机の下でのびている。 黄色い花は昨日より少しうつむいていたが、まだ花瓶の中にあった。「黄色い花は、今日もいます」 ノエルが言った。「ええ」 セレスティアは頷いた。「少し下を向いています」「昨日から食卓にいてくれたから、疲れたのかもしれないわね」「花も疲れますか」「たぶん」「水を替えますか」「替えましょう」 リュシアンが、すっと花瓶を持ち上げた。 手慣れてはいない。 けれど、昨日よりはましだった。 ノエルがすぐに言う。「伯父さま、傾いています」「傾いているか」「はい。こぼれます」 リュシアンは真剣に花瓶をまっすぐにした。「こうか」「はい」「花瓶係も慣れが必要だな」「伯父さまは、係がたくさんあります」「最近増えた」
逮捕状が出たのは、夜明け前だった。 まだ庭の輪郭も曖昧で、窓硝子の向こうが青とも灰色ともつかない色をしている時間。 セレスティアは書斎で報告を受けた。 レイモンド伯爵夫人に対する逮捕状。 容疑は、ミレイユ・レイモンドの事故偽装に関する指示、薬品取引および処方記録改竄への関与、ノエル名義信託財産の不正流用計画、御者および馬具職人への脅迫関与、リナ・グレイ監禁事件に関する共謀の疑い。 文字にすると長い。 長いということは、それだけ多くの人が傷つけられたということだ。 セレスティアは報告書を読み終え、しばらく指先で紙の端を押さえていた。 勝った、とは思わなかった。 終わった、とも思わなかった。 ただ、ようやくここまで来た、とは思った。「執行は」 リュシアンが低く問う。 彼は窓際に立っていた。 まだ暗い部屋の中で、黒い外套を羽織っている。 顔は、控えめに言って非常に怖い。 ノエルがいれば、間違いなく指摘しただろう。「早朝、王都西の滞在邸にて」 騎士団長が答える。「伯爵夫人は現在、後見局と監査院の監視下にありますが、正式な身柄拘束へ移ります」「抵抗の可能性は」「武力での抵抗は低いかと。ただし、言葉で周囲を動かす可能性があります」「それが一番面倒です」 セレスティアが言うと、騎士団長は深く頷いた。 武器を持った相手なら、剣を向ければいい。 逃げる相手なら、道を塞げばいい。 だが、伯爵夫人のような人間は、逃げながら立っているように見せる。 攻撃しながら泣いているように見せる。 人を動かしながら、自分は何もしていな
伯爵夫人からの手紙は、白い封筒ではなかった。 淡いクリーム色の封筒。 角は丸く、紙質は上等。 封蝋はレイモンド家のものだが、以前より少し薄く押されている。 弱った老婦人が最後に孫へ宛てた手紙。 そう見えるように、すべてが整えられていた。 セレスティアは、後見局の小会議室でその封筒を見た瞬間、胸の奥が重くなった。 白ではない。 だが、白に近い。 嘘の色を少しだけ温めたような色だ。 隣に座るリュシアンも、同じものを感じたのか、口元を硬くしている。 長官代理、監査官、記録官が同席していた。 ノエルはいない。 封筒は、ノエル本人へ直接渡される前に、後見人と後見局の立ち会いで開封する。 そう決めてある。 ノエルにも、今朝そのことを伝えた。「おばあさまから、手紙が届いています」 そう言うと、ノエルは朝食のスープを飲む手を止めた。「白い花の次ですか」「ええ」「手紙は、何色ですか」「クリーム色です」「白じゃない?」「白ではありません」「でも、白に近いですか」 セレスティアは少し迷って、頷いた。「近いです」 ノエルは布兎を膝の上で抱き直した。「では、白かもしれない手紙です」 それが、ノエルの判断だった。 白かもしれない手紙。 その言い方があまりに正確で、セレスティアは何も言えなかった。「わたしが読みますか」
馬具職人エドモン・ラウルは、逃げなかった。 それが最初の報告だった。 逃げなかったというより、逃げられなかったのかもしれない。 王都北西の職人街。 古い革と鉄と油の匂いが染みついた小さな作業場で、エドモンは騎士団を待っていたという。 妻と、十二歳の息子と、まだ幼い娘を奥の部屋へ下がらせ、自分だけが作業場の中央に座っていた。 手には、革を裁つための小刀。 ただし、抵抗するためではない。 仕事道具を持っていなければ、座っていられなかったのだろう。 騎士が名を呼ぶと、彼はこう言ったらしい。『ついに来たか』 その言葉を聞いたとき、セレスティアは自分の箱を開けたくなった。 だが、開けなかった。 今は箱に入れる前に、聞かなければならない。 書くのはその後でいい。 朝食の席で、ノエルは馬具職人のことを聞いた。「馬車を壊した人ですか」 小さな声だった。 卵には手をつけていない。 スープだけを少し飲んだ。 硬いパンは皿の横。 犬のパンは机の下で、妙におとなしい。 人間の空気が重い日は、犬も少しだけ静かになるのかもしれない。 あるいは、昨夜こっそり厨房で何かを食べて、眠いだけかもしれない。「まだ、壊したと決まったわけではありません」 セレスティアは言った。「でも、馬車に悪いことをしたかもしれない人ですか」「はい」「馬車の人は、馬を好きですか」 意外な問いだった。 リュシアンも少し目を動かす。「馬具職人ですから、馬に関わる仕事をしています」







